ぎりぎり微笑み返せた


「今日はあのデコは一緒じゃないんだな。」
 大庵の台詞に、響也は首を斜めに傾げてみせる。
面会室の硝子をトントンと指で弾いて、不思議そうに問いかけた。
「僕、おデコくんと来たことあったっけ?」

…しまった。あれは夢だった。
あのデコ弁護士とやってきて、結婚宣言を…。

 リーゼントが硝子に押しつぶされるのも構わず身を乗り出し、覗き込むように響也の左手薬指を凝視した。目の前に黒い物体が広がり、瞠目したまま動かない響也の指には、見慣れた指輪がはまっているだけ。
 安堵のあまり、大庵は両手を硝子に押し付けたまま、ズルズルと下まで下がった。

「どうしたんだい?」
 自分の手を見ているとは思っていない響也が大庵の顔を覗き込む。視線が合うと、にこと笑った。王子様の瞳が自分を見て細められる。
「何か面白いものがあるのかい?」

 変わらない綺麗な笑顔に動悸がした。

「ああ、あるね。」
「なんだい?」
「お前だよ。ガリュー、どうしてそんなに変わらないんだ。」
 
 犯罪者を数多く見てきた。その末路も頭では良くわかっていたはずだったが、自分が投獄されて初めて現実を知った。周囲は一変し、今までと同じものなどひとつだってありはしない。

「僕はさ、君の特別にはなれないけど、振り返った時に笑ってることぐらいは出来ると思うんだよね。」
 
 大庵の想いを知ってか知らずか、響也は言葉を続ける。

「一週間に一回でも、一ヶ月に一回でも、一年に一回でも。いてやることは出来る。」
「…相変わらず、お前の書く歌詞みてえに意味不明だぜ。」
「随分な言い草だ。相棒に向かってね。」
「相棒?」
 フンと鼻で笑ってみせる。ツンと目頭が熱くなったなんてただの幻だ。
綺麗に笑うガリューに、俺はぎりぎり微笑み返せた。

「ま、それじゃあ相棒としては不甲斐ないだろうから、手を打って於いたよ。」
 そう告げると、ガリュー指を軽く鳴らす。
ギイと背後の扉が開くと、カツカツと硬質な音が響いた。
 ちょっと待ってくれ、此処にいる人間が革靴なんて履いてるはずがないだろう?
「僕のコネと、あの人のコネをフル活用したんだ。」
 
「全く、こんな場所に来てまでアナタの我が侭につき合う事になるなんて。」
 フウと息を吐く音と、眼鏡をカチャリと動かす音が背後に響く。それは、ダイアンの背筋を氷点下まで凍らせる威力があった。

「まぁいいでしょう。可愛い弟の頼みですからね、アナタと私は親友ですよ。」

 ガッシリと肩を掴まれ、恐る恐る振り返った大庵の目に、にこりと笑う霧人の姿が映し出される。

「ほら、僕らはそっくりだから。これで寂しくないよね。」
 
 面会室の硝子を隔てて、響也と霧人が手でハートを作りにっこりと微笑んだのを見た途端に、喉の奥から悲鳴が沸き上がっていた。

 ◆ ◆ ◆ 

「何、あの声?」
 霧人の独房でお茶を飲んでいた成歩堂が問いかける。
自らのカップに注いでいたポットを置いて、霧人は忌々しげに顔を歪める。
「またあの若造ですね。まったく、独房に入った位で神経をやられるなんてどうかしてますよ。」
「…どうかしてるのは、どっちかなぁ。」
 サラリと毒舌を返す成歩堂を見遣って、霧人はもう一度溜息を付いた。
「あれで響也の相棒を名乗ろうなどと、地獄におちるわよ。」
「へぇ〜気の毒にねぇ。」
 成歩堂は全く同情の心を垣間見せずに、午後の茶会を楽しんだ。 



キリー&ナルホド登場!書いてて楽しいのですが、本当にこんなお話で良かったのか謎です(苦笑


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